私たちは、物語に深く没入する瞬間、日常の現実を超えたもう一つの世界に足を踏み入れます。映画のラストシーンに涙するとき、RPGのイベントシーンで主人公と共に物語の転換点に立ち会うとき、あるいはバロック絵画の荘厳な光に言葉を失うとき。それは単なる逃避ではなく、世界や自分を別の位置から見つめ直すための時間でもあります。
私の作品では、バロック絵画のような光と影が交錯する舞台的な空間に、ゆらぎを持った幼いヒーローやヒロインを配置しています。そこには、神話や歴史、ゲーム的な物語など、異なる時代や文化がねじれながら交錯する舞台、「どこかでみたような光景」が広がっています。そこから生まれるズレや違和感によって、絵画内にある物語は、一つの「終わり」へ収束するものではなく、多様な解釈ができるよう開かれたものとなっています。
情報や物語が国境を越えて行き交う現代において、文化は単一の起源ではなく、多層的な「ねじれ」を伴って生まれています。バロックの重厚な美学、ゲームの物語体験、そして私たち一人ひとりが人生という物語の中で経験している「光と影」を絵画空間に同時に描こうとすることは、この現代特有の構造を表現する試みでもあります。
私は絵画を、完成された物語を提示する場としてではなく、鑑賞者の視点が現実と物語、自己と他者とのあいだを行き来するための「出来事」として考えています。私の作品が、鑑賞者自身の人生にある物語と共鳴し、まだ見ぬ自分自身と出会うための空間となることを願っています。
唐仁原 希
